つい先日「予備校のノリで…」の、熱力学の歴史、という動画を見た。熱力学を築いた人たちのサイドストーリーが面白かった。カルノーからジュール、トムソン(のちのケルビン)、クラウジウスに至る流れが特に面白かった。アインシュタインの冷蔵庫愛も。春休みに時間のある学生さんは一度見てみたらよいと思う。
動画の中で皆が口をそろえて言っていたのが、学部時代、熱力学の講義は全然面白くなかった、という感想だ。かくいう私も学部時代の講義には、一切感情移入することなく、必修だから、院試にあるから、という理由だけで勉強していたのが正直なところ。面白くない、と思ったことはないけれども、面白い、とも思わなかった、といった感じ。ただ、講義が終わった後、暇な時にライフの熱統計力学の本を読んで、今までの講義は何だったんだろうか、と先生には悪いけど、私の情報は完全に上書きされた。統計力学は思ったより面白かったのだ。
熱統計力学が今一つ魅力的に感じない理由を考えてみると、一番は、微分方程式が存在しないことにあるのではないか、と思う。力学にはラグランジュの方程式があり、電磁気にはマクスウェルの方程式がある。そして量子力学にはシュレディンガー方程式が。大学で学ぶ物理4大分野の中で熱統計力学にだけ微分方程式がない。S=klog(W)というエントロピーの定義式がミクロとマクロをつなぐ強烈な式だと思うのだが、ちょっと地味だ。数学の分野に置き換えてみても、解析、線形代数、に比べて確率統計は、拒絶反応の多い分野だと思う。一番の原因は、高校や大学受験に出てくる確率統計の問題が、無駄に複雑すぎるところにあるのではないか、と思う。受験問題はどの分野も、無駄に複雑化していることが多いのだが、確率の問題の場合分けなんかは、暇で暇でどうしようもないくらい暇なら考えても良いけど、時間制限のある中で間違えなく全ての場合を網羅しようとすると相当なストレスになる。しかし、熱統計力学に必要な確率統計の知識はもっと単純で基本的なものだけで十分なのだ。精々、N個の球をn個の箱の中に割り振る場合の数が分かっていれば大丈夫。無駄に複雑化させて苦手アレルギーを植え付ける今の教育システムは改善が必要ではないだろうか。私自身、受験数学にはうんざりしていたけれど、大学に入って、数学って面白いな、と考えが変わった人間だ。一番は大学の数学は問いが単純明快だったこと。二番は時間がたっぷりあったことだろうか。
熱統計力学に話を戻すと、私の講義は、最後、黒体放射の問題で終わりになる。黒体放射は量子力学のフレームワークが完成する以前に出来上がっているのだが、その結果は量子力学の知識を包含している。量子力学を知らないのに、理論を作っているうちに勝手に量子力学の情報が取り込まれているのだ。天才ってすごいなあ、と思うのだが、残念ながら私の講義では、量子力学の知識を最初から使ってしまう。本末が転倒してしまっているのだが、ボーズ・アインシュタイン分布を学んだ後に黒体放射の勉強をするので天才たちの苦労は完全にスルー。プランクの結果の近似系としてヴィーンの結果が導かれる、という流れはさすがに気の毒かもしれない。理解に最適な順番と歴史の流れが一致していないのは仕方のないことだとは思うのでお許しいただきたい(先人の方々への謝罪と学生の皆さんへのご理解を乞うている)。学生さんは春休み超絶暇だろうから、ぜひ学び直してほしいと思う。意外と使うよ。

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