公聴会の思い出
- 物性理論
- 1月15日
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年明けの大学は意外と忙しい。学部生は後期の期末試験が、4年生や大学院2年生は卒論や修論の締め切りが迫っている。山形大学(に限らず多くの大学)の場合、1,2個単位を落としても即留年というわけではないが、4年次に研究室配属されるためにはある程度の単位をそろえていないと留年になる。幸い、私の研究室を希望していた学生が単位不足で留年したことはなく、研究室の学生が卒論や修論を仕上げられなかったこともない。今は昔、ではないが、私が学部の4年生の時は、理論はそもそも卒業研究などなく(オリジナルな研究はできないから)、4年後期に至っては講義もなく、授業料を払ってくれている親には悪いが、完全にフリー。とっとと仙台を離れて京都で暮らしていた。どっちが良いかは敢えて言わないが、コンプライアンス的には最後まできっちり講義をし卒論を書くのが筋だろう。
4年生の卒業研究は前期のうちはのんびり文献を読みながら心の準備をする感じで、後期に入るとプログラムを作り計算結果を出す感じ。もちろん、春からプログラムを作り計算を始めればよいのだが、就職活動や大学院入試もあるのでそこまで必死に卒業研究に取り組む学生は少ない。秋に入ってプログラム作成に入ると多くの学生が焦る。難しいプログラムはフリーのサブルーチンを使うので分かってしまえば簡単なのだが、初めはなかなか思い通りに動かず途方に暮れる。それでも年明けにまだ計算していた学生は滅多にいない(まったくいないわけではないから怖い)。
大学院の場合、2年かけて成果を出すので、2年目の秋頃には成果は出そろっていることが多い。学生にとって怖いのは論文書きもだが、公聴会と呼ばれるプレゼンテーションだろう。的外れな答えをしたり固まったりしまったりすると、結構スリリングな空気になる。
私の場合、博士の学位公聴会が忘れられない、当日の朝、指導教官から電話があって、「わし、具合悪くなったんで、今日の公聴会はいけへんかもしれん。悪いけどわしなしで始めてくれ」って言われ、仕方なく、指導教授なしで公聴会を始めた。開始後30分くらいたって教授が部屋に入ってきたんだけど、まるでやる気のない高校生のように机に突っ伏し寝てしまった。公聴会はおよそ1時間程度と言われていたんだけど、1時間たっても質問の矢が放たれ続け、私は防御に必死(公聴会は英語でdefenseというのだがまさにそんな感じ)。結局、午後イチから始まる次の公聴会のメンバーが部屋に入ろうとドアを開けたところで、他の教授が「あ、もうこんな時間か」と気づいてくれて終わりになった。たぶん2時間近くやっていたと思う。質問が出続けるということは興味を持ってくれていたんだろう。学位は無事にもらえた。
今忙しいみなさん、何事も経験。タフな経験が人間を鍛える。

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